大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(ネ)771号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人から控訴人に対する前橋地方法務局所属公証人荒巻今朝松作成昭和四四年第九三七号債務承認及び弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づいて別紙目録記載の物件に対してした強制執行は、金九五、五〇五円及びこれに対する昭和四四年五月一日から右完済に至るまでの金一〇〇円につき一日金九銭の割合による金員を超える部分について許さない。

控訴人のその余の請求を棄却する。

控訴費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その三を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

本件について、当裁判所が昭和四九年三月二六日にした強制執行停止決定は、金九五、五〇五円及びこれに対する昭和四四年五月一日から右完済に至るまでの金一〇〇円につき一日金九銭の割合による金員を超える部分についてのみ認可し、その余を取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人から控訴人に対する前橋地方法務局所属公証人荒巻今朝松作成昭和四四年第九三七号債務承認及び弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づいて別紙目録記載の物件に対してした強制執行を許さない。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張並びに証拠の提出、認否及び援用は、控訴人において当審証人大沢洋の証言、当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人において当審証人大沢洋の証言を援用したほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する(原判決三枚目―記録一九丁―裏一一行目から次丁表一行目にかけての「同年四月」を「同四五年一月」に改め、原判決四枚目―記録二〇丁―裏七行目の「対等額」を「対当額」に改め、原判決五枚目―記録二一丁―表七行目の「右売買契約が解約されたこと、」を削り、原判決六枚目―記録二二丁―表五行目の「原告」を「被告」に改める。)。

理由

一  請求の原因(一)及び(三)記載の事実は、当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない乙第一から五号証まで、第一〇号証の一から一二まで、当審証人大沢洋の証言により真正に成立したと認められる甲第一一号証、原審証人小林広茂、当審証人大沢洋の証言、当審における控訴人本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

控訴人は、昭和四二年一二月一一日、被控訴人からサニー・バン型自動車を四三二、〇〇〇円で買い受け、右代金のうち一九万円は、控訴人の所有していた中古自動車をもつて代物弁済し、残り及び右中古自動車の未払代金の被控訴人による立替分を富士銀行桐生支店から借り受けて被控訴人に支払つた。控訴人は、借受金に利息、保証料等を含めて四五九、九一〇円を富士銀行に対し分割して昭和四三年二月六日に二〇、六一〇円、同年三月から昭和四五年一月まで毎月六日に一九、一〇〇円ずつ支払うことを約し、被控訴人及び日産信用保証株式会社が右債務について連帯保証をした。しかし、控訴人は、右割賦金のうち九七、〇一〇円を支払つただけで残金の支払をしなかつたため、被控訴人と日産信用保証株式会社が控訴人に代つて富士銀行に対し残金全部を弁済し、被控訴人は、日産信用の控訴人に対する求償債権の譲渡をも受けたので、自己の代位弁済分と合わせ、結局、控訴人に対して三四三、五二九円の求償債権を有するに至つた。そこで被控訴人の管理部次長小林広茂及び総務課管理係員大沢洋は、控訴人と右求償債務の弁済について協議し、昭和四三年一〇月七日控訴人は、三五二九円を弁済した後、残りの三四万円を一七回に分割して支払うべく、その支払のため一七通の約束手形を振り出すこと、右割賦金の支払を一回でも遅滞したときは期限の利益を失い残金に対し一〇〇円につき一日九銭の遅延損害金を付すること、その場合には強制執行を受けても異議がないことを約した。そしてその間の利息四二、一〇五円、約束手形一通につき二〇〇円の割合による取立手数料三四〇〇円を加えた合計三八五、五〇五円についての以上の弁済約束につき公正証書を作成することとし、控訴人は、前記大沢洋に対し、同人を代理人として公正証書作成に関する権限を委任し、かつその旨の委任状、印鑑証明書、金額二二、六〇〇円の約束手形一六通、同二三、九〇五円の約束手形一通を交付し、昭和四四年三月一七日右大沢は、控訴人の代理人として前橋地方法務局所属公証人荒巻今朝松にその記載内容につき前示のとおり当事者間に争いのない本件公正証書を作成させた。

当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らして採用することができない。

右認定した事実によれば、本件公正証書は、控訴人の真意に基づいて作成されたものであり、それに記載された債権は、連帯保証人たる被控訴人の主債務者たる控訴人に対する有効に存する求償債権及びこれに付帯する債権であると認められる。従つて割賦販売法の規定の適用を受けないもので、手形取立料も不当ではないというべきである。

三  本件公正証書作成前に控訴人はすでに本件公正証書記載の元本債権のうち九〇、四〇〇円を支払いその後さらに二二、六〇〇円を支払い、以上合計一一三、〇〇〇円を弁済したことは、当事者間に争いがない。さらに控訴人が昭和四四年三月七日以降支払うべき割賦金の支払を怠つたこと、その結果被控訴人が本件自動車の返還を受け、第三者へ売却したことは当事者間に争いがなく、原審証人須藤伊三郎の証言によつて真正に成立したと認められる乙第六号証、同証言、前記証人小林広茂の証言、弁論の全趣旨によれば、控訴人と被控訴人との間で理由二項冒頭認定の本件自動車の売買契約締結に際し、被控訴人が控訴人の富士銀行又は日産信用に対する債務を代位弁済して求償権を取得し本件自動車の占有を回収し、これを他に処分したとき、処分前に日本自動車査定協会の査定を受けていれば、その査定額と求償債権とを対当額で相殺する約がされていたこと、昭和四四年四月二一日本件自動車につき右に定めた査定がなされたときの査定額が一七七、〇〇〇円であつたこと、被控訴人が昭和四四年四月下旬ころ控訴人に対し前記特約に基づき本件公正証書の残債権の一部と右査定額とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことが認められる。

そして以上の一部弁済及び相殺の充当関係については、控訴人の前記債務不履行により期限の利益を失い一時に支払うべきこととなつた残金元金額に充てられたとのことは被控訴人の自認するところである。

四  控訴人は、本件自動車には自動車損害賠償責任保険が付されていたから、本件自動車の売買契約解除後の八カ月間の保険料七、〇八〇円は、控訴人に返還さるべきものであり、右債権と本件公正証書の債権とを対当額で相殺すると主張するが、前記証人須藤伊三郎の証言及びこれによつて成立が認められる乙第一二号証によれば、本件自動車の査定額は、査定後の八カ月間保険に付されていることを考慮した額であることが認められるから、控訴人の右主張は、理由がない。

また控訴人は、昭和四四年三月初め、被控訴人に対し、本件自動車の売買契約の解除の申出をしたのに、被控訴人がこれに応ぜず手形金の取立をしようとしたため控訴人に損害賠償債権が発生したとして相殺を主張するが、かかる申出があつたからといつて、被控訴人が控訴人振出しの約束手形金の取立てを中止しなければならないものでもなく、被控訴人による手形の支払呈示の結果控訴人が不渡処分を受け、信用を失墜したからといつて被控訴人がその責任を負うべきいわれはないから、控訴人の右相殺の主張は失当である。

五  すると、控訴人は、本件公正証書記載の債務の残元本九五、五〇五円とこれに対する少くとも右が遅滞に陥つた後である昭和四四年五月一日から右完済に至るまでの一〇〇円につき一日九銭の割合による遅延損害金の支払義務があることとなる(本件公正証書には、年一・四六割の利息を支払うべき条項が存在するが、右公正証書の債務額三八五、五〇五円は、求償債権の分割された弁済期に至るまでの利息を含むものであることは、前判示のとおりなのであり、前記証人小林、同大沢の証言によつても利息を二重に支払わせる約束があつたとは認められないから、本件公正証書の右条項は、例文として無効のものというべきである。したがつて、被控訴人は、控訴人に対し、右三八五、五〇五円に対する利息債権を有しない。

六  以上の次第で、被控訴人は、控訴人に対し、本件公正証書の執行力ある正本に基づいて九五、五〇五円及びこれに対する昭和四四年五月一日から右完済に至るまでの一〇〇円につき一日九銭の割合による金員を超えて別紙目録記載の物件に対する強制執行をすることは許されず、控訴人の本訴請求を右の限度で認容し、その余の部分は理由がないから棄却すべきものである。

よつて当裁判所の右判断と一部結論を異にする原判決を右の趣旨に変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、九二条、八九条を、強制執行停止決定の変更、仮執行の宣言について同五四八条を適用して主文のとおり判決する。

(別紙物件目録は第一審判決の別紙物件目録と同一につき省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例